「無惨」(黒岩涙香)

すべてはここから始まった~日本ミステリ大河の最初の一滴

「無惨」(黒岩涙香)
(「黒岩涙香探偵小説選Ⅰ」)論創社

東京築地の川で
発見された他殺体。
それは多数の傷のある
無惨なものだった。
死体の手に残る毛髪から、
刑事・谷間田はそれが
縮れ毛であることから、
お紺という女に目星を付けて
捜査を開始する。
しかし刑事・大鞆は
その毛髪を分析し…。

ちくま文庫刊
「明治探偵冒険小説集1黒岩涙香集」
飽き足らず、とうとうハードカバーの
本書を購入してしまいました。
収録されている第一作は、
日本探偵小説の嚆矢と目される「無惨」。
実に興味深いものがありました。

【主要登場人物】
谷間田
…ベテラン刑事。勘で立てた推理と
 聞き込みで捜査する。
大鞆
…新人刑事。
 科学的分析をもとに捜査を行う。
荻沢…谷間田・大鞆の上司。
お紺…谷間田が犯人と睨んだ女。

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日本探偵小説の嚆矢としての面白さ①
名探偵登場、その名は刑事・大鞆

注目は「探偵」の登場です。
探偵といっても警察の刑事なのですが、
探偵的な動きをします。
同じ警察署で働きながらも、
情報の共有を避け、
各々が証拠を集め犯人を探索します。
組織的な活動は全く見られません。
どちらかといえば江戸の捕物帖での
岡っ引き同士のやりとりに似ています。
明治初期の警察機構が
どのようなものだったかは
知りませんが、
刑事・大鞆の推理は
まさしく「名探偵」です。
この延長線上に「私立探偵」が設定され、
明智小五郎金田一耕助
続いていったのでしょう。

日本探偵小説の嚆矢としての面白さ②
科学的分析、論理的推理の幕開け

その大鞆は、毛髪三本を実験し、
「一本は逆毛であること」を発見し、
そこから「植毛している人物」で
あることを推理します。そして
「縮れ毛は生まれつきのものではなく、
髪の結い方によってできたこと」を
突き止め、
「その結い方は
中国人特有のものであること」を
聞き出します。さらには
「毛髪は染められたもの」であることを
見つけ出し、
「白髪の人物」が犯人であると
断定します。
このように証拠をもとに
推理を組み立てる論理的推理を、
大鞆探偵は行っているのです。
本作品は、本格的探偵小説として
しっかり完成されたものと
なっているのです。

日本探偵小説の嚆矢としての面白さ③
円満な解決、シリーズ化も可能に

新人刑事・大鞆が
新しい捜査手法を持って
ベテラン刑事・谷間田の
鼻を明かすのかと思いきや、
谷間田が目星を付けたお紺は
なんと被害者と関係のある女。
お紺の口から犯人が割れ、
それは大鞆の推理と一致するのです。
大鞆・谷間田の両者に
それぞれ花を持たせる粋な計らい。
上司・萩沢の一言がすべてです。
「谷間田も剛(えら)いが、
 大鞆も剛いものだ」

もしかしたら黒岩は、本作品が
世の中に受け入れられたときには、
この二人を主役としたシリーズ化を
目していたのではないかと
想像してしまいます。
谷間田と大鞆がそれぞれ
自分の得意な捜査方法を駆使して
競うように謎解きをしていく。
ホームズとワトソン、
明智と中村警部、
金田一と等々力・磯川両警部といった
「主従」が明確なコンビではなく、
対等なバディを主役とする探偵小説を
構想していたのではないかと
考えられます
(あくまでも私の想像に過ぎませんが)。

残念ながら当時本作品は
世間には全く受け入れられず、
したがって黒岩は創作よりも
海外作品の翻案に力を入れ、
シリーズもの探偵小説は
後の世代に譲ることになりました。
しかしながら本作品は
完成度の高い探偵小説であり、
これが明治22年(1889年)に
書かれたということに
ただただ驚くばかりです。
コナン・ドイルが「緋色の研究」で
ホームズをデビューさせたのが
その2年前の
1887年であることを考えると、
本作品がいかに画期的であるかが
理解できると思います。

海外探偵小説の源流が
ポー「モルグ街の殺人」であるならば、
日本の探偵小説の源流は
間違いなく本作品であり、
すべてはここから始まったと
いえるのです。
日本ミステリ大河の最初の一滴、
ご賞味あれ。

(2022.2.1)

S. Hermann & F. RichterによるPixabayからの画像

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